(所在地:広島県廿日市市 原)
廿日市市街から北を望むと,2号線バイパスの北側に大社速谷神社があります.その上に八幡神社があり,さらに上方に伊勢神社はあります.
尾根に沿って二基の石鳥居が見えます.この尾根道が参道だと思われますが,細い道で荒れています.境内は広く,拝殿前をアスファルト道が横切っています.境内の中央に一の狛犬さんがあります.二の狛犬さんは拝殿の後ろ,玉殿の前に置かれています.一般に多くの氏神社の建物は新しく,木造故に古い建物は残っていませんが,ここの玉殿の彫刻はすばらしく,屋根を覆ったカラートタンの下はこけら葺きではないかと思います.
広島県西部では見かけない狛犬さんです.阿吽共に長い垂れ耳,太くはっきりした眉,半球状の大きな目,そして和蝋燭の芯のような立ち尾が目を惹きます.堂々とした蹲踞の姿勢は威圧感を覚えます.
(大正十一年十月三十一日 建立)
4月5日,三度目の参拝です.
一の狛犬さんを撮影していると,品の良い老婦人に声を掛けられました.
「お見せしたい物があります.ついていらっしゃい」
老婦人は先代宮司の奥様でした.拝殿に上がり,さらに祓殿(神殿の前,祭事をするところ)まで上がりました.そこには60cmばかりの木彫の狛犬さんがありました.阿吽共に獅子型で彩色も新しく見えたので,お聞きしたところ昭和(戦後)年代に地元の彫刻家に制作を依頼されたものだそうです.古い物もあったそうですが,一部は戦後の荒んだ時期になくなったようです.
ここの神殿狛犬さんは,右が阿形の獅子で左が吽形の一角獣(狛犬)です.一角獣(狛犬)の角は宝珠に作られています.
狛犬さんは神を守護する霊獣ですが,随身も神を守る衛士です(神域を守ると言った方が正しいかもしれません) 右に矢大臣,左に左大臣が置かれます.共に弓矢を持ち,太刀を帯びています.狛犬さんと同じく木彫で湖粉彩色されています.ここでは拝殿内の両脇に置かれています.一般には境内入り口に,寺院の仁王門のような随身門を築き,そこに置かれます.
(広島市光町の尾長天満宮には立派な随身門があります.備後地方では随身門のある神社を散見します)
ここ大瀧神社には,プロスキーヤー三浦雄一郎氏が海外遠征のとき,必ず持参するというお守りがあります.今度のエベレスト遠征にも持って行かれたそうです.愛媛県面河在住の城本画伯の作品で,こう(魚へんに皇と書きます)魚がデザインされています.
実は私も持っています.
「狛犬さんはもともと玉殿内にあって神を守る衛士でした.衛士だから男子です」と教えてくださったのは,さる神社のご婦人でした.
社殿内の狛犬さんは小型で木造のものが多いようです.向かって右が獅子で左に一角獣(高麗犬)が置かれていました.やがて左右とも獅子の形になり,右が阿形で左に吽形を表すようになります(稀に逆のものもあります)
時代が下ると,置かれる場所も軒下へ,さらに屋外にと移っていきます.この頃には石造になって像も大きくなり,参道の狛犬として親しまれるようになりました.
建造も寄進奉納されるようになると,石工も腕をふるうようになります.こうして阿吽に加えて雌雄も表現されるようになりました.雄性器の彫刻が多く見られますが雌性器を彫ったものもあります.一般に阿形が雄性,吽形が雌性に思われがちですが,左右や阿吽に決まりはないようです.
饒津神社の狛犬さんは左像が吽形で雄性器を彫っています.右像には性器彫刻はありません(蛇足ですが獅子をネコ科の動物とすれば,このような陰茎はありえません)
でも,このような日本の民俗的芸術はおおらかで.ほほえましく思えます.
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